ファッションの歴史 6
1931年から34年の間のシャネル工場の技術部長はロシアの詩人イリア・ズダネヴィッチでした。
詩人の彼は生活のために種々の職業についたが、ルヴェルディの紹介でシャネルの工場で働き、彼女とともにイギリスでツイードの研究をして、女物の布地を開発しました。
しかしそのシャネルとて、1930年代に力を入れたのはローブ・デュ・ソワールや、アップレこ・\ディ(アフタヌーンドレス)の服、柔らかものでした。
ことに、白のレースのローブ・デュ・ソワールは、シャネル店の定番でした。
「夜、出歩くようになったからこそ、形として身をもって生きた」それ用のモードをあたしはつくりました。
あたしはあの時代の昼間は毛虫のような楽な服、夜は蝶のようにかろやかですき通った服」ともシャネルは言っているが、すき通った材質の布地が好まれたのもこの時代であり、バックレスのローブ・デュ・ソワールが全盛をほこります。