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岡山城は別名・烏城(うじょう)、金烏城(きんうじょう)。国指定の史跡。
南北朝時代の正平年間(1346年 ~1369年)に、名和氏の一族上神高直が石山台(岡山)に城を築いたと、「備前軍記」に書かれているのが最初と伝えられている。その後およそ 150年間の城主は明らかではない。
戦国時代に、備前西部から美作、備中に勢力を伸ばした宇喜多氏が本拠としたことで近世城郭の基礎が生まれ、その後小早川氏、両池田氏により整備、拡張が行われた。
平成8年(1996年)築城400年記念事業として、創建当時の天守には金の鯱が載っており金烏城と呼ばれていたとの伝承から鯱に金箔を施す。
平成18年(2006年)日本100名城に選定され、平成19年(2007年)6月から全国規模の日本100名城スタンプラリー(70番)が開始された。
昔から変わらず今も岡山のシンボルとして街を見守り続けている。
えーと…食べます。
というのもイルカもクジラも分類上全く変わらないので岡山ではイルカとして定着したんでしょうね。
という私は食べたことありません。
でもスーパーなどで普通にイルカベーコンとか生肉とか手に入ります。

北欧由来の遊園地。湖に浮かぶバンケットホール。
中世の古城。ヨーロッパ庭園と一体化したレストラン。
デンマーク流オープンサンドのカフェ。
北欧セレクトショップ。アンデルセンの馬車をモチーフにした図書室。
四季を通じて美しい花に彩られた、音楽と芸術の森・・・・。
昨年12月に閉園していました・・・。

宝暦元年(1751年)に高品質な紅柄の礎となる本山鉱山を開抗、紅柄の原料となる緑礬(ローハ)と紅柄の生産を行った豪商 西江家の邸宅である。現存する建物の創建は宝永・正徳年間(1704~1715年)である。
江戸期には大庄屋として天領地の支配を許され、西江家は代官御用所を兼ねていた。江戸繁栄期の趣を今に色濃く残す西江邸は、大変貴重な歴史的文化遺産である。その邸宅は西江家が代々受け継ぎ、現在でも個人邸宅としてここに住み、維持管理を行っている

閑谷学校は江戸時代前期に、旧岡山藩が建てた庶民の学校。
当時の時代背景からして、庶民の学校を建てるということは画期的であったと考えます。
そんな閑谷学校の講堂は国宝にされています。
また、明治時代に建てられた洋式の建築物は、
閑谷学校の歴史を引き継いだ学校があり、
現在は資料館としてその役割を果たしています。

岡山県の石灰岩地帯の一つ上房台にある鍾乳洞で、全長800mといわれ、現在は300mが観光洞として利用されています。
文献に残る鍾乳洞としては日本最古のもので、備中国から年60斤の鍾乳石を朝貢したという記録もあり、昔は鍾乳石を薬品として使用していたようです。
洞内には「夢の宮殿」と呼ばれる大広間をはじめ、日本一と言われる高さ3m直径5mの大石筍「洞内富士」、22階層からなる「五重の塔」などがあります。
また、毎年7月上旬になると洞の入口の林で森林性のホタル「ヒメボタル」が飛び交い、秘密のホタル鑑賞、撮影ポイント!!

神庭の滝(かんばのたき)は岡山県真庭市神庭にある滝。国指定名勝。
日本百景、日本の滝百選に選定されている。
また周囲は岡山県立自然公園に指定されている。
落差は110mと西日本一を誇る。上部に落差の小さい滝がある段瀑である。しかし上段部は登らないと目にすることは出来ない。秋には紅葉が美しい。 周囲の地質は石灰岩で、近くに「鬼の穴」という鍾乳洞も見られる。

干し柿を加工したお菓子で、
牡丹の花のような切り口から干し柿の香りが芳香が漂う、
懐かしい郷愁を誘うふる里の味
納豆じゃなかったんだ・・・。

今では桃太郎の昔話とともに岡山に欠かすことが出来ない「きびだんご」は、
安政3年(1856)に廣榮堂の創業者・武田浅次郎が、
桃太郎の昔話と結びつけて売り出しました。
上質のもち米に極上の砂糖、水飴を入れて練り上げ風味つけに黍を加えました。
岡山といえば「吉備団子」、岡山を代表する銘菓です。